バイオリン表板の補強パーツ”バスバー”の交換修理について
こんにちわ。下川バイオリン工房です。
この記事ではバイオリンのおよそ20~25Kgにもおよぶ弦のテンション(圧力)から表板を守る補強材の役割を果たし、なおかつ表板全体に駒の振動を伝える役割も持つ”バスバー”についてお話します。
なぜ重要なパーツなのかという点、またその交換方法について解説していきます。
目次
- ○ バスバーとはどういうもの?
- ○ バスバーの役割
- ・➀形状の維持
- ・➁音の振動補助
- ○ バスバーの交換が必要なパターンとは
- ・➀ハガレ
- ・➁表板の割れ
- ・③強度不足もしくは大きすぎる
- ・④一体成型
- ○ バスバーの交換作業について
- ・➀現状のバスバーの状態をチェック
- ・➁古いバスバーを削る
- ・➁古いバスバーを水ではがす
- ・➂バスバーの長さと厚みの決め方
- ・④バスバーの位置の決め方
- ・⑤製材
- ・⑥成形
- ・⑦合わせ
- ・⑧接着
- ・⑨下書き
- ・⑩振動調整
- ・⑪仕上げ
バスバーとはどういうもの?
”バスバー”とは日本語では”力木”といい、表板を強度的に支えている補強のことを指します。
家屋でいうところの梁であり、上からの圧力に対してそれを支えるものです。
材料は表板と同じスプルースで表板と同じ木取りで作製します。
表板アーチの裏側の曲線に合わせて削った木材をニカワで接着しています。
バスバーはE線側の魂柱と対をなすようにG線側に取付られます。駒の下を通ってネック側からエンド側までおよそ270mmほどの長さにわたって取付られます。
(左利きバイオリンでは逆側となります。)
当然ビオラやチェロ、コントラバスにも同様のものがその楽器のサイズに合わせて付けられます。
過去の記事『バイオリン製作について⑤【表板製作編】』でも軽く説明をしていますので参考にしていただけると嬉しいです🌝
バスバーの役割
➀形状の維持
表板を削る段階ではみんな振動(音)の伝達が良くなるように調整しながら削っていき、理想的な表板のアーチが完成します。
木材はやはり自然のものですので経年による木材内部の乾燥や湿度の変化によってアーチは変形しようとします。
振動がうまく伝わらなくなることで楽器の鳴りは悪くなってしまいます。”バスバー”をつけることで板の変形をある程度防ぐことができます。
また弦の圧力からの変形に対しても表板を守ることができます。
弦のテンションは一本ごとにおよそ5~6kgあり、ナットやサドルなどで分散していますが駒にかかる力もかなり大きいことがわかります。
バイオリンは基本的に年中弦を張りっぱなしにしますのでこうした圧力から守る”バスバー”がなければ表板が陥没してしまうのです😓
➁音の振動補助
”バスバー”には駒から伝わった振動を表板全体に伝える役割もあります。
振動は駒からバスバーによって横軸に変換されて表板へ⇒そして横板へと伝わります。
また魂柱から裏板へ⇒横板へと伝わります。
そうして共鳴胴全体が振動することで弦の振動を増幅し、バイオリンらしい雑音のない綺麗な音を作りだしています。
このためにバスバーが貧弱すぎると強度が足りず、振動を伝えきれない。またバスバーが大きすぎても振動を阻害してしまって伝えられず、表板の柔軟な振動の妨げになるために響かなくなります。
バスバーの交換が必要なパターンとは
バスバーの交換は一人の演奏家の方が一生に一度行うか行わないかという修理です。
まずは交換が必要な場合について考えていきましょう。
➀ハガレ
これは最も単純なパターンですがバスバーの接着がゆるんではがれてしまうことです。
接着の合わせ精度が悪い場合や単純にニカワが古くなってはがれてしまう場合とが考えられます。
それに伴って表板の変形が発生する場合もあり、バスバーの形状の複雑さからも再度接着するということは基本的にはできません。
➁表板の割れ
私の体感としてはハガレよりも件数が多いように思われる、表板の割れによってバスバーの交換を余儀なくされるケースです。
表板が乾燥や衝撃によって割れるさいにバスバーのすぐ横が割れてしまうとバスバーが邪魔で接着ができないという事態が発生します。
仮に何とかして接着ができたとしてもバスバーがあるところとないところでは力のかかり方が違うために、再び割れてしまったりする可能性もあります。
きちんとした修理方法はバスバーを取り外し、接着後にスタッズ貼り付けによる補強もしくは割れの上を彫りこんで埋め込みパッチ修理を施したのちにバスバーを付けかけるという手法です。
③強度不足もしくは大きすぎる
強度不足の場合は板が変形してしまうことがあります。
バスバー交換の前には石膏型を作製するなどしてまずは表板のアーチの形状を復元する必要があります。
大きすぎる場合には交換せずに削るだけで済む場合もあります。
振動の調整は難しい作業ですので慎重におこなう必要があります。
④一体成型
写真がなくてわかりずらいがバスバーの一体成型もしくは削り出しバスバーと呼んでいます。
通常の表板にバスバーを接着する手法ではなく、表板の裏側を削る際に一部をバスバーの形に残しておき、あたかもちゃんとついているように仕上げるやり方です。
量産楽器のかなり安いグレードのものに見られ、製造面で簡単につくれるということ以外に強度的・音響的メリットは一切ありません。
表板に裏から圧力をかけられないために駒の圧力に対して弱く、また高さも十分ではありません。
振動は伝えやすいですが、駒の振動はすぐにバスバー側に抜けてしまい、本来のバスバーのような振動を伝える役割は果たせないと思われます。
バスバーの交換作業について
➀現状のバスバーの状態をチェック
今回例として出したのはバスバーが貧弱すぎるパターンの物です。
重要なポイントの厚みや高さが足りない為に強度不足・振動を吸収することができず、まとまりのないサウンドになってしまうという問題が発生しています。
使用上は問題がありませんがより楽器のポテンシャルを引き出すために交換作業を行います。
➁古いバスバーを削る
バスバーを表板に到達する手前ギリギリまで削り取ります。
ナイフやノミなどで大まかに削ったのち、残った部分は豆カンナなどを使用して丁寧に削り取ります。
表板との間にはニカワが塗ってあるためこの部分をきれいに削るのは難しく表板をキズ付けてしまう恐れがあるため刃物の使用はここまでとします。
次の工程に移ります。
※全く削らずにバスバーを取り外す方法もありますがバスバー交換作業とは関係がない為、今回の記事では説明しません。
➁古いバスバーを水ではがす
ティッシュや脱脂綿などに水を含ませてバスバーに乗せます。
ニカワが柔らかくなったらヘラやピンセットなどで優しくはがし、残ったニカワも水を付けた布などで拭き取ります。
水が必要以上に表板につかないように最小の量で作業は行います。
また次の作業に移る際には必ず乾いてから行ってください。
表板の裏側(接着面)が凸凹になっている場合などはこの時に軽く磨くなどして直しておきます。
➂バスバーの長さと厚みの決め方
【過去に書いた研究ノートより計算方式を抜粋しました。小難しく計算のようにも見えますが、要点をまとめるとはバイオリンのネック側とエンドピン側とで表板の面積や駒からかかる力が違うためそれに合わせてバスバーの厚みを変えようということをしています。】
④バスバーの位置の決め方
バスバーは基本的に駒足の下に位置していないと意味がないと考えられます。
バスバーのアウト側の側面の位置が中心から20mmの位置(駒足の端から内側へ1mm入った位置)に接着します。
バイオリンの中央線(ハギ線)に対してバスバーは平行にはついていません。少し斜めに接着されています。
上端や下端の位置についてはバスバーの厚み決定の時と同様に”比の計算”によって求められます。
⑤製材
表板に対して年輪が直角になるようにバスバーは取付けます。
必ずスプルースの材料をナタなどで割って製材を行います。
まずは年輪に合わせてナタで割ります。その後年輪と直角に繊維方向に合わせてナタで割りましょう。
写真の最後のように繊維に沿って斜めに割れることがあります。バスバーとしたときに繊維が斜めになってしまうことを”目切れ”と言います。
バスバーの振動を伝える役割や強度、加工しやすさの観点から見てメリットがありません。このような状態になっていないことを確かめるために必ず割材にしてみることが大事です。
⑥成形
バスバーの厚みを計算した数値になるまでカンナで削っていきます。
ストレートエッジで曲がっていないかを確認しながら丁寧に削ります。
年輪がバスバーの上から見たときにまっすぐになっていれば理想的なバスバーです。
⑦合わせ
指で中央を押さえたときに端に向かって少しずつ隙間が空くように加工します。
両端がこうなるように作ることで全体を接着した際にアーチ中央をバスバーが内側から押し上げるような力が働きます。
駒および弦からの圧力に対してバスバーに押し返す力を持たせることで強度的により安定した構造を作ることができます。
この作業ははじめは難しく根気がいります。ポイントは中央から端に向かってじわっと順番に接地していくように隙間を作っていくこと。またバスバーの接着面が表板に対してねじれてついていないこと(抑えたときに左右に力が逃げてバスバーが倒れていくような感覚がある)が重要です。
⑧接着
クランプでバスバー全体を押さえてニカワで接着します。丁寧に合わせができていればクランプを隙間なくつける必要はありません。5個くらいで十分です。
ニカワで滑りやすくなるため位置がずれないように注意してください。
⑨下書き
バスバーの一番高い部分は駒の真下(F孔の刻みの位置であり、フルサイズバイオリンでネック側の頂点から195mmの位置)です。
12~13mmくらいの高さが必要だと考えています。
そこから左右をそれぞれ4等分しポイントを作ります。駒周辺は強度が必要なため高さを付けておきます。逆に端に行くにつれて高さがあると振動を伝えにくくなることから低く削りこんでいきます。
最終的には画像の”たて状火山”みたいな形にします。富士山のように尖らせはしないことに注意です。
※画像はリンク先の『オンライン学習サイト』様より引用いたしました。
⑩振動調整
バスバーの形を決める際にどの程度削るかの目安として、私はタップトーンを聴いて調整を行っています。
板の一部を指で軽く挟んで持ち、表側を指先でタップしながら音を聴きます。
バスバー上のそれぞれの位置を順番に叩き響きが悪い場所、その位置の前後で響き方が大きく変わるポイントを探して削ります。
人の耳ですのでどの音程がするとか音の波長がといったことはわかりません。聞こえ方が全体的に同じになるように削っていくこととなります。(まったく同じ音にはなりません)
※調整方法に関して側面を削って高さ・強度を保ちながら質量だけを落としていく方法などもありますがこの記事では説明を省きます。
⑪仕上げ
バスバーの上面の面取りを行い紙やすりで滑らかにしたら完成です。
またちょっとしたポイントですが、あたらしい木で作ったバスバーは表側のF孔から見ると白くてきれいに見えます。オールド楽器などの古い楽器の場合には不自然にみえてしまうため顔料などを刷り込んで色を付け、自然な見た目に仕上げましょう。